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2023年10月 6日 (金)

自己紹介(幼少期)

1951年(昭和26年)1月23日生まれの72歳です。
三人兄弟の真ん中ですが姉と弟の三人兄弟で、早くに亡くなった長男がいたそうです。
両親にすれば、長男のような存在だったのでしょうが、あまり長男らしいことをしては来ませんでした。
生まれたのは、神戸市垂水区、隣の明石市との市境に近いところです。
海岸にも近く、毎日瀬戸内海越しに淡路島を見ながら過ごしました。
風呂や、海で溺れかけた記憶があり、泳ぐことは出来ますが水はあまり得意ではありません。
どちらかというと引っ込み思案で本を読むのが好きな子供でした。
父親譲りで無口で何かモノを触っているのが好きで、いろんなものを分解しては元に戻せなくなっていたそうです。
自転車を買ってもらったのは小学校の5年生ぐらいでしょうか?
坂を下りて転んでハンドルで唇の下を切った傷跡があります。
自転車のフリーの蓋を外して元に戻せなくなった記憶はあるのですが、買ってもらった自転車でどんなところを走ったという記憶は朧です。
足の速い子に自転車でも追いつけなかった記憶や、水たまりに自転車の後輪を浸けて、水を飛ばした記憶などが残っています。朝の早い父親を踏切の近くまで見送ったり、幼稚園には神戸の市バスに乗って一人で通っていました。
キリスト教系の幼稚園に通っていたり、近所の教会の日曜学校に通っていたり、キリスト教の影響を受けて育ったのかもしれません。

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コメント

僕は1949年6月生まれなので二つ違いですね。
神奈川県厚木市に生まれて育ったので、場所は違うけどほぼ同じ時代に生きているのですね。
僕は厚木市から出たことは無く、ずっとここに住んでいます。
自転車を買ってもらったのは、たぶんあのこらさんと同じ歳ぐらいかな。
中古の20インチの自転車で、親父が青いペンキで塗装してくれました。
僕もどこを走ったかという記憶は無いですねぇ。
たぶん友達と近所を走り回っていたと思うのですが。
パンクしたときは、親父がチューブを切ってゴム糊で貼って直してくれました。
我家は貧乏だったので、親父は自分でできることはしていました。
それが趣味でもあったようです。
子供の間でローラースケートが流行ったとき、我が家では買えないので、親父が戸車を取り付けたつっかけスケートを作ってくれました。
僕がそれで遊んでいると、ローラースケートを履いた友達が、『少し交換して』と、結構本物のローラースケートでも遊びました。

トンサン コメントありがとうございます。

うちの近くは舗装された道路がなくローラースケートは見なかったです。

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